郡山萌世 校長雑感

平和

本日は平和を考えるには良い日です。

本日8月6日は、75年前、太平洋戦争末期の1945年、アメリカ軍によって原爆が広島に投下された日に当たります。史上初の核兵器の使用から4半世紀を三度重ねた人類は、何を学んでいないのでしょうか。「核なき世界」はまだ実現できていません。それどころか、コロナ禍で、米中の対立がより一層激化し、第2次世界大戦後のような冷戦状態が再来するのではないかと危惧する声も高まっている。今こそ、平和を考え、すべての人類が隣人と手を取り合い、未知のウイルスとの闘いを含めた人類の課題に立ち向かうときではないかと考えています。

さて、昔、生徒と「平和とは何か」、「戦争とは何か」について議論したことがあります。その当時の人類の大きな問題は「イスラム国」だったと記憶しています。

そのとき、「平和」と「戦争」の関係について質問すると、いとも簡単に「平和」の反対が「戦争」ですという答えが返ってきます。今の生徒たちは、単語を覚えることには長けているが、イメージ力が低下しているかもしれません。もっともっと、想像力をたくましくするようなアクティブ・ラーニングを実施する必要があると痛感しました。

もし、平和が「戦争のない」状態とすると、冷戦状態のような常に戦争につながる要素を抱え、緊張を抱えている状態でも平和ということになっていまいます。しかし、それが本当の意味での平和といえません。ましてや、抵抗するすべを奪われ、見かけ上、従順に生活しているようにしなければならない独裁国家での生活も、平和ということになります。そして、「戦争がない」だけで平和ならば、貧困、飢餓、伝染病などが蔓延している社会も平和な状態となっていまいます。それは、絶対に平和ではありません。

では、平和とはどのような状態でしょうか。是非とも、本日だけでも、平和についてじっくりと考えてみましょう。